――― 恋人がサンタクロース ―――
「ええー!? 休みー!?」
耳を疑うような信じ難い知らせに、場所も人目も憚らず、思いっきり大声で叫んでしまった。
あまりの声の大きさに驚いて、その場にいた人たち全員が、一斉にこっちを見ている。
うわっ・・・、いけない・・・。
「あ・・・、スミマセン。 何でもないです・・・」
思わず真っ赤になって、慌ててヘコヘコと謝りまくる。
首を竦め小さく身を潜めながらみんなの視線が逸れるのを待って、改めて小声で抗議した。
「休みって・・・、一体どういうことなんですか?」
任務受渡の担当者がすまなそうに謝ってくる。
「いやぁ、申し訳ないです。 ついさっき体調を崩したと連絡がありましてね。 急遽代わりの者を手配しようとしたんですが、
あいにく他の任務が入っていたり、休暇中ですぐには連絡が取れそうになかったりと、どうしても無理でしてね・・・。
もう時間も差し迫っていますし、ここは何とか、春野さん一人で頑張ってください。 ・・・あっ、春野さんの方でペアの方を
探してくださっても結構ですよ」
「はい」 と、人の良い笑顔と一緒に、強引に渡された大量の荷物と特徴的な赤い衣装。
私の方でペアを探せって・・・。
このクリスマスイブの夜に、突然任務を頼んで笑って引き受けてくれるような殊勝な人、知りませんって。
どうやったって、私一人で頑張るしかないじゃない・・・。
二人分の途方もない量の荷物を茫然と眺め、ほとほと困り果てる。
なんかもう・・・、任務を始める前から、既に疲れ切ってしまった。
この時期、里に大量に寄せられる似たような内容の依頼。
それは、子供達の枕元にクリスマスプレゼントを配る依頼だった。
任務内容自体は危険を伴うようなものではなく、新米下忍でもこなせるような簡単な依頼なのだけど、とにかく数が多い。
びっくりするほど数が多いのだ。
木の葉の里は言うに及ばず、火の国中の集落という集落、下手すると、近隣の同盟国からも同様の依頼が舞い込んでくる。
当然のごとく、どれも期日指定、時間厳守。早くても遅くてもいけない訳で。
毎年、手の空いている中忍下忍でペアを組み、担当ブロックを決めて配達しているのだ・・・、けど・・・。
私とペアを組む娘が突然休んだ。
体調不良なんてほざいているけど、絶ーっ対に嘘だ! 嘘に決まってる!
最近付き合いだした特上男とデートに違いない。
だって、三時間前に街で見かけた時、綺麗に着飾って元気そうだったじゃないのよ。
クッソー! 私だってカカシ先生が長期任務じゃなかったら、こんな任務受けなかったわよーだ!
乱暴に、白い袋と赤い衣装を鷲掴みした。
プルプルと震える拳に恐れをなした担当者を尻目に、ドスドスと乱暴な足取りで部屋を出る。
とにかくこの大量のプレゼントを配り終えなくちゃ・・・。
怒りに燃えまくる目で、配達先の住所一覧を確認して、大まかなコースを決めた。
幸いな事に私の担当ブロックはそう遠いところじゃないけれど、それでも、木の葉から忍の足で片道三十分はかかる。
二人分働くんだから、効率良く動かないと。
何とか気持ちを押し鎮め、サンタガールの衣装に着替えると、よいしょ!と巨大な袋を担ぎ、威勢良く深夜のアカデミーを飛び出した。
ヒュン、ヒュン、ヒュン・・・
鬱蒼とした森の木々の枝を足場にして、先へと急いだ。
星明りだけが頼りの深夜の森。気を抜くと、今にも足を踏み外しそうなほど真っ暗だった。
でも、懐中電灯片手にのんびりと、下の道を歩いてなんかいられない。
もっとも、のんびり歩き回るサンタなんて、今までお目にかかった事ないけどね・・・。
懸命に五感を研ぎ澄まして、周りの様子を窺う。
気のせいかなぁ・・・。さっきから、なんだかハッキリしない気配がするようなしないような・・・。
随分曖昧な感じだなって自分でも思うけど、それくらい些細な、ほんのちょっとの違和感。
殺気とかの敵意は感じられないから、多分、何かの小動物か、もしくは私の考え過ぎなだけなんだろうけど、
一応もしもの事も考えておかなきゃ。
この森は比較的安全ではあるけれど、やはり、何が潜んでいるか判らないないから。
あーあ・・・、こういう時一人は辛いな・・・。
姿の見えない影を想定して警戒し続けるのは、なかなか神経にこたえる事で、つくづく自分のアンラッキーさに気が滅入った。
背中の荷物がごつごつ当たって痛くてしょうがない。痣にならなきゃいいけど・・・。
もう、一刻も早くこの森を抜けてしまおう。
ヒュン、ヒュン、ヒュン・・・
今まで以上のスピードで、木々の間を渡り飛ぶ。
背中の巨大な袋が、ぶんぶんと振り子のように揺れている。
でも、そんな事一向に構うことなく、ひたすらスピードを上げていたら・・・、
パシッ ――
袋が枝に引っ掛かって、小枝が折れる小さな乾いた音が辺りに響いた。
あっ、しまった・・・! やっちゃった・・・。
気持ちが焦るあまり、大切なプレゼントをついなおざりにしてしまった・・・。
一気に冷水を浴びせられたように、サーッと顔が青ざめていくのが自分でも判った。
慌てて急ブレーキをかけて中身を確認すると、幸い、どれも丈夫な厚紙に守られていて無傷だった。
良かった・・・。一気に肩の力が抜け落ちた。
一個一個丁寧に袋の中に詰めなおす。
・・・ごめんね。せっかく楽しみに待ってくれているのに、こんな乱暴で不機嫌なサンタなんて嫌だよね・・・。
どう足掻いても私一人で頑張るんだから、それならさっさと気持ちを切り替えなきゃね。
よしっ!と渇を入れ直して、今度は冷静にスピードを上げていった。
なるべく袋が揺れないように、無駄な上半身の動きを抑えて静かに移動していく。
こんな事、忍の基本中の基本なのに、カッとするあまりそれすらも忘れちゃうなんて、まだまだ修行が足りないな・・・。
覆い重なる木々の向こう、遠く微かに、チラチラと家々の明かりが見えた頃には、頭はしっかりとサンタモードに切り替わっていた。
集落を見下ろせる小高い丘に手ごろな木の枝を見つけ、まずは荷物を傍らに置き、ヨイショと腰掛けた。
もう一度リストを確認して、コースを頭に叩き込む。
凍えるような真夜中の風も、うっすら汗ばんだ身体にはかえって気持ちが良い。
大きく深呼吸を繰り返して、息を整えた。
ふー・・・。
深呼吸と共に、改めて自分の衣装が目に入った。
なんかねぇ・・・。毎年同じ事思っちゃうけどねぇ・・・。
何でサンタガールの衣装って、こんなに無駄なほど、ミニのフリフリでフワフワなんだろう・・・?
胸元なんて無駄に大きく開いていて、肩なんてほとんど剥き出し。
縁取りの白いファーが、可愛らしいというよりも、エッチっぽく見えちゃうのは私だけでしょうか?
スカート丈もほとんど下着のラインギリギリで、ちょっとでも屈めばこれまた煌びやかなブルマーが丸見えなのよ。
共布でできたフリフリフワフワなケープもある事はあるんだけど、これもどう見ても防寒用じゃないし・・・。
実は、私のこのフリフリフワフワはまだマシな方で、中にはどう見ても下着でしょ? と目を疑うような、
テレテレ透け透けの衣装まであるのだから恐ろしい。ホントに配達用だけの衣装なのかしらね・・・。
男性用のサンタ衣装はごくごく普通のものなのに、明らかに女性用は別の意図が見え隠れしているわよ。
今夜の主役の子供達は、大概の子が眠りに付いちゃってるから、フリフリでも透け透けでも、まあどんな格好でも平気なんだけど、
依頼主である親達が、実は曲者なのよね。
子供受けの良いリーズナブルな料金の男性サンタじゃなくて、多少お高くても、わざわざサンタガールを指定してくるんだからさぁ。
中には、別料金を出して更にご指名してくる常連さんもいるらしいし・・・。
こっちはさっさと渡してさっさと次に行きたいのに、やれお茶でもどうかだの、やれ記念写真を撮らせてくれだの、
この格好だとやたら引止めに遭うし、何かと口実を作って邪な想いを遂げようとする不逞の輩もいたりするし・・・。
とにかく、普段の忍服がミニ仕様なのは一向に平気なんだけど、このクリスマス衣装だけは、はっきり言ってイヤです。火影様。
もう少しマシな女性用も用意してください・・・。
・・・そういや、いのは、毎年張り切ってこれ着てるよなぁ。まあ、確かに良く似合ってるけどさ・・・。
ヒナタは・・・、明らかに嫌がってるね・・・。服に負けないくらい真っ赤になって、顔しかめてるもんね・・・。
でも、一番マニア受けしそうなのも・・・、これまたヒナタなんだよね。アハハ・・・。
毎年強引にこの任務入れられちゃって可哀想に・・・。
「・・・・・・ハァ」
複雑な思いで自分の胸元を眺めた。
そっと寄せるように持ち上げてみる。
せめてあと5cm、いや3cmで良いからボリュームがあれば・・・。
「んー? サクラだってよく似合ってるぞ?」
「ウギャーーーー!」
耳元で突然低い声で囁かれ、手甲をした大きな手で、私の掌ごと胸をワシッと包まれた。
思いっきり油断していたから、恥ずかしいくらい動揺してしまったじゃないの!
「・・・カカシ先生?」
「ボンッ!キュッ!ボンッ!のセクシーサンタも良いけど、凹凸の無いスレンダーなサンタもそれなりに可愛い――――」
ボコッ!!
「ウ・・・」
お腹を抱え、蹲るカカシ先生。よりにもよって、一番気にしてる事を・・・。
いくらカカシ先生だって、言って良い事と悪い事はあるんだからね!
ってより、何で先生がこんな所にいるのよ!
大体、本物の先生は長期任務中なのよ。アンタ、一体誰!?
羞恥心と怒りから、真っ赤になってハアハア言ってる私に、「ゴメンゴメン」 と大して悪びれてなさそうに先生が謝ってきた。
「なんだか可愛らしいサンタが、悩ましげに木の枝で休んでいたもんだからさ、ついふらふらと吸い寄せられちゃったよ・・・」
ハハハと、楽しそうに笑っている。
この感じ・・・。先生・・・、本物なの? まだ、任務の最中じゃなかったの?
「予定よりだいぶ早く任務完了したからね、何とかクリスマスに間に合うように張り切って帰ってきた」
ポンポンと頭を撫でられた。久しぶりの温かい大きな手。間違いない。この気配は・・・。
大好きな、大好きなカカシ先生の気配だ。
本当にカカシ先生なんだね・・・。夢じゃないよね・・・。
秋口から春先までかかりそうな大掛かりな任務に行ったきり、手紙もごくたまにしか遣り取りできなくて・・・。
元気なのかな、怪我してないのかなって毎日そればかり気になって、居ても立ってもいられなくて、
師匠に内緒で小隊と通信班との遣り取りをこっそり盗み見しては、大きな怪我はしてなさそうだって事だけ辛うじて判ってホッとして・・・。
とにかく、この数ヶ月間、あなたの無事だけをずっと祈っていた。
早く早く暖かくなれって、ずっとずっと祈っていた。
今年のクリスマスは離れ離れだって覚悟していたから、だから、なんだかこの光景が信じられなくて・・・。
じわじわと心の奥から暖かいものがこみ上げてきて、つい、ポロリと涙が零れてしまった。
「コラコラ、泣き虫サンタじゃ仕事にならないでしょーが・・・」
小さく笑って、指で優しく拭い取ってくれる。
先生から、土埃と・・・、微かに血のにおいがした。
いつもと全く変わらない悠然とした態度だけど、きっと私には想像もつかないような壮絶な、大変な任務だったんだろうね・・・。
思わずそのまま抱きつきそうになるのを、「まだ任務中だろ?」 と、やんわり押しとどめられる。
エヘへ・・・、そうでした・・・。
ところで・・・、ねぇ、いつから側にいたの?
「そうだなー。 サクラが途中の森に入ってすぐの辺り?」
「えぇー!? そんなだいぶ前から!? 全然気付かなかった・・・」
「随分、尖がった気配がこっちに来るなぁって様子を見てたらサクラでさぁ。 気になったからそのまま後つけてた」
何か言いたげな表情でじっと見ている。
ひょっとして、森の中のあの微妙な気配って、カカシ先生のだったの?
「忍の癖に気配丸出しで、これっぽっちも警戒心持ってないからさ・・・。 影分身を四方に散らして、わざと曖昧な気配飛ばしたんだ」
腕を組み、明らかに指導者の視線で気難しそうに見下ろされた。
アチャー・・・。一番見られたくない人に見られてたんだ・・・。
帰ったら、絶対しつこくあれこれ言われそう・・・。
「まぁな。 元上司として、言いたい事は山ほどあるんだが・・・、まあそれは後からのお楽しみっていう事で。
ところで、随分すごい荷物だけど・・・、サクラ一人なのか?」
先生がきょろきょろと辺りを見回している。私のペアの娘を探しているんだろう。
苦笑いをしながら、訳を話した。
「ハハハ・・・、そりゃ大変だな。 どれ、リスト見せてみろ」
私の手にある配達リストをざっと眺めると、「あー、こりゃ一人じゃ無理でしょ」 と、きっぱり断言した。
無理でも何でも・・・、配らなきゃならないのよ。楽しみに待っててくれてる子供たちがいる限り。
久々の逢瀬をもっと楽しんでいたいけど、私には遊んでいられる猶予はこれっぽっちも与えられていない。
溜息と一緒に諦め笑いを浮かべて、仕事を再開しようとすると、
「ここで待ってろ。 俺も手伝うから」
先生が、さも当然のように素早く印を組み始めた。
手伝うって・・・、先生、任務帰りなんでしょう? 目一杯疲れてるんでしょう?
怪我だって・・・、してるんじゃないの?
「これ位だったら、全然平ー気。 こんなの怪我のうちに入んないよ。
それよりも、サクラの任務が終らないほうが大変でしょーが。 報告書出しがてら、服借りてくるから・・・」
最後まで言い終わらないうちに、ボン! と周りの葉っぱを小さく揺らして、煙と共に姿を消し去った。